【2020年1月】『岩田さん』ありがとうございます。

本日は本を読んで考えたことや思ったことを書いていきます。

読んだ本は、こちら。

任天堂の社長をされていた岩田聡さんが話されてた内容がまとめられている本です。

この本の中で印象にのこった部分を抜き出してそれについてわたしが考えたことや思ったことを書いていきます。

仕事のこと

この本はいくつかのテーマに分かれてまとめてあるので、わたしもテーマに分けて書いていきます。まずは、岩田さんが仕事について語ったことから。

いろいろすごい人だと思うことが多いんですが、まずはこちらです。

好きか嫌いかではなく、「これは、自分でやるのがいちばん合理的だ」と思えばすぐに覚悟が決まるんです。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

わたしは、自分から主体的に参加したものでも、そうではなく誰かに任せられたものでも、少なからず「やりたい・やりたくない」という気持ちが生じます。(もちろん仕事だから任せられればやるっきゃないという前提はありますけど)

でも、岩田さんのこの発言をみると、岩田さんは組織を自分含めて客観的にみていて、自分をまるで組織の1つの機能のように捉えているようにみえます。だから自分にとってというよりも、組織にとって自分がそこに加わることが合理的であれば加わるという考え方ができるではないかと思いました。

こういう考えができるのは、最終の成果物を心から目指しているからなんじゃないかなと思いました。過程はどうであっても、目指すべきものを作るために自分がその組織に所属しているんだと心から思えているんだろうなと思いました。

組織に所属して働く以上組織の目標に向かって努力するわけですけど、なかなか組織全体のアウトプットのためであればなんでもやるといったスタンスにはわたしの場合なりきれない部分があります。こういったモノづくりならではの雰囲気というのもあるかもしれないですね。

2つ目はこちら。

「判断とは、情報を集めて分析して、優先度をつけること」だということがわかったんです。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

よく仕事でうまくいってる方が言ってることに「やらないことを決める」というのがあります。この言葉はそれと似ているなと感じました。

仕事をしていると、色々な問題が出てきます。どれもこれもというわけにはいきません。そのなかから一番大事なやつを狙う。なにが一番大事なのかを分析する力はマネジメント層には求められるんですね。

ちょっと意地悪かもしれませんが、上司に「この組織で一番大事なことはなんですか?」って聞いてみるのは上司の分析力を見てみるよい方法かもしれません(笑)

3つ目がこちら

人が相手の言うことを受け入れてみようと思うかどうかの判断は、「相手が自分の得になるからそう言っているか」、「相手がこころからそれをいいと思ってそう言っているか」のどちらに感じられるかがすべてだとわたしは思うんですね。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

この話は、岩田さんが社員との面談で通じて感じたことのようですが、人間関係全般にあてはまると感じました。

わたしの場合は、営業を思い出しました。

基本的に営業は、自社商品をお客様に買ってもらうための行為ですが、自社商品が常にお客さんにとって最適ではないです。でも、ノルマや上司からの指示で売りこまなければならないときも多いです。そんなとき、自分の商品に自信がない状態で提案するとやはりお客さんはそれを察知するような気がします。

なんか、小細工するのではなく、お客さんに合うものは合う、合わないものは合わないと正々堂々と話し、そして改良していくといった姿勢が大事なんだなと感じました。

4つ目はこちら。

ひとつおもいついたことによって、これがうまくいく、あれもうまくいく…。それが「いいアイディア」であって、そういうものを見つけることこそが全体を前進させ、ゴールへ近づけていく。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

これは同意しかないです。本にも同じようなことが書かれてますが、「〇〇に対して△△すればいいよね」というと、別の人が「それだと、□□ができなくなるから…」みたいなやりとりは打ち合わせでよく見る風景です。これを「××すればいいんじゃない?」とすることで、〇〇も□□も解決するのがいいアイディアだという話。

これはすごーく大事なことだと思っています。わたしだけかもしれないですけど、人はそれなりにあきらめやすいと思うのです。例えば、仕事や子育てが忙しくて自分の時間が取れないとすると、そのことを仕事や家族のせいにしてその事実を受け入れることしかしないことってありませんか?でも、これをどうにかアイディアで解決して自分の時間がもてるようになったら素晴らしいですよね。

このアイディアを出す力は、しあわせの源泉だと思うのです。だから、そういう場面に出くわしたら一生懸命考えるようにしています。

継続するためのカギ

わたしがいままでなんとなく感じているけど言語化できていなかったことが、この本で言語化されていたということが多く感動しています。これもその1つ。

ゲームってすぐにやめちゃうゲームと「なんかやっちゃうんだよね」っていうゲームがあるんです。同じように丁寧に仕上げたゲームでも、本質的なおもしろさとは別の次元で、続くゲームと続かないゲームがある。このことと、いろんな習慣が継続するかということは、すごく似ているんですよ。

共通することがなにかというと、人は、まずその対象に対して、自分のエネルギーを注ぎ込むんですね。時間だったり、労力だったり、お金だったり。そして、注ぎ込んだら、注ぎ込んだ先から、なにかしらの反応が返ってきて、それが自分へのご褒美になる。

そういうときに、自分が注ぎ込んだ苦労やエネルギーよりも、ご褒美のほうが大きいと感じたら、人はそれをやめない。だけど、返ってきたご褒美に対して、見返りが合わないと感じたときに、人は挫折する。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

これは、理解しておくといろいろと役に立つメカニズムだと思います。

人は、自分が注いだリソースよりもご褒美が多いと感じれば続けられる。この事実を理解するとしないでは継続する確率が結構違うのではと思います。継続していくには、リソースを小さくしてつないでいくもよし、ご褒美を自分で大きめに設定して続けるもよしです。

わたしがブログを続けられているのは、もちろん書いた記事を多くの人に読んでもらえたらうれしいのですけど、そのまえに、投資の記事あれば、投資をうまくなりたいからだし、ゲームの記事であれば自分がプレイした記録をつけてあとから見返すためだしと自分に向けて1次的な報酬をセットしているというのはあるかなぁと。(まぁ、それが原因で、読者向けのコンテンツになってなくてあまり読まれないという逆説的な要素もあるかもしれませんが・・・)

もう1つおもしろいと思うのは、人はご褒美が大きいと「感じたら」続けられるということです。「感じる」って主観的なことなので、ご褒美の期待値を下げて思い込ませることで、続けられるというのはあるかもしれないなと。つまり、ブログ1記事書いて100アクセス欲しいと思えば、挫折しやすいですけど、5アクセスくらいで満足となれば続けられると思うのです。このように書いてくると、その努力に対する見返りの相場のようなものを理解しておくことは、継続させるために必要なことかもしれませんね。

ゲームのこと

いよいよゲームについてのはなしです。

まずは、こちら。

わたしは思うんですけど、テレビゲームに代表されるインタラクティブな娯楽の強さって、遊んでから、10年とか15年経って思い出すことだと思うんですよ。小説とか映画も、たしかに感動するんですけど、感動したということは憶えていても、あらすじさえ言えなかったりしますよね。ところが、ゲームって、自分で操作して、インタラクティブに関わる娯楽なので、自分への刺さり方が独特でものすごく強いんですね。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

憶えてる。完璧ではないけど。

30年前に発売されたRPGの戦闘テーマをいまだに口ずさめるくらいには。

この話もなんとなく感じてたことが言語化されたことの1つです。

少し話がそれるかもしれませんが、この話から「学び」についてこんなことを思いました。

「インタラクティブ」に接することで自分への刺さり方が強くなるというのは、色んなことを効率よく学ぶことができると読み替えられると思います。最近、「インプットとアウトプット」ということがいわれますけど、これはインタラクティブと同じ意味ではないでしょうか。

何が言いたいかというと、「受け取った情報をもとに自分で考えて行動につなげる」という行為がなにかを学ぶ際の近道だということ。例えばRPGで「村人の情報をもとに、仲間を集める旅にでる」というのと、投資で「本を情報をもとに、実際に投資をする」というのは、次元は違えど冒険を前に進める(ゲームを攻略する≒投資が上手くなる)方法なんですよね。

これをさきほどのご褒美のはなしと合体させると「学びへの取り組み方」がわかると思うのです。つまり、対象に対してインタラクティブに取り組み、アウトプットのご褒美を注ぎ込んだ努力よりも自分が多いと「感じられる」ように準備する。こうすることによって、自分への刺さり方が強い状態を継続することができるようになります。そして継続することによって徐々に上達し、好きになり、さらに継続するという好循環が生まれます。

続いて2つ目。

でも、従来の延長に未来はないわけです。

いまのまま進めば、どんどん力だけの戦いになっていって、ついていけるお客さんの数もどんどん少なくなっていく。だから、そっちじゃない道に舵を切るということだけは、もう、はっきりしていたんです。

ただ、どのくらい舵を切れば、世の中の人がスッと理解してくれて、共感してもらえるようになるかは、わからない。だけど、真っ直ぐこの延長線上を行っても未来はないんですから。未来のない道をゆっくり終わりに向かって進んでいくというのは、自分たちが努力する方向として意味がないと思ったので、そこはもう、腹がくくれていました。

ゲームをやる人の数がふえてくれたら、必ず未来につながる。そこは、確信が持てていたんです。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

ソニーのプレイステーションが売れていた時代に任天堂がハードのスペック競争ではない方向に舵を切るときの気持ちが書かれています。

この延長線上に未来がないというのは僭越ながら私も同意見です。

だから、先日こんなの記事を書いてます。

わたしが思うレベルとはかけ離れたところで任天堂はその気持ちを具現化する仕事をしているんですよね。任天堂のような大企業がリスクをとって世の中のトレンドとは別の方向に舵をきってモノを作るってめっちゃプレッシャー…でもそこにはゲーム人口を増やすという信念があるから貫ける…かっこいいな。

そして、最後3つ目。

この信念があるからこそ、ライトユーザーも大事にするってこと。

そもそも、ライトユーザーとかコアユーザーとかを、切り離して考えるべきではないとわたしは思うんです。だって、全員、最初はライトユーザーじゃないですか。

ライトユーザーからはじまって、そのなかから、それが好きでたまらない、というふうになる人もいる。それなのに、なにか、両者が生まれついての違うものであるように言われ過ぎているように思って。それは時間のことを無視して、いまという瞬間で切り取って語るからそうなってしまうんですよね。

でもそうではなくて、すごくゲームが好きで、ものすごくゲームが上手だという人も、むかしはライトユーザーだったはずなんです。

それを考えると、やっぱり、新しい人が入り続けることはとても大事なんです。新しい人が入るようにしておかないと、いつかかならずお客さんはいなくなってしまう。

岩田さん:岩田聡はこんなことを話していた(ほぼ日ブックス)より

特定のタイトルに関しては、わたしも経験が結構あるので、初心者用の機能がついたり、もっとこうしてほしいというのあると、「あーだ、こーだ」いいたくなることが多いです。それで先日のツイートでこの話についてこんなつぶやきをしました。

ツイートの趣旨としては、「ライトユーザーが大事なのはわかるけど、でもやっぱりコアユーザーが中心でしょ」という意味合いでした。

その後、少し考えたのですが。

ゲーム会社はやはりライトユーザーのことも考えて設計しないとダメなんだと考えなおしました。なぜなら、コアユーザーだけしかいなくなってしまったら、そのタイトル自体が存続できなくなる可能性があるから。引用した岩田さんの文章の最後に「いつかかならずお客さんがいなくなってしまう」と書かれていますけど、まさにそれだと。

もちろん、コアユーザーはとても大事なんです。確実に買ってくれるのも彼らだし、SNSで意見したり宣伝してくれるのも彼らだから。でも、ライトユーザーを増やさない限り、コアユーザーは増えないんです。ここがポイント。そして、ユーザーが増えていかなければどこかで、新しいタイトルがでなくなって、遊べなくなってしまうし、コアユーザーもそのタイトルのおもしろさを共有できる人がいなくなってしまうんですよ?それでもよいのかと・・。

…とか考えると、ゲームメーカーさんの気持ちが少しわかった気がします。

少し長くなりましたが、以上です。

たまには本でも読むかと、最近遊んでいるファイアーエムブレム聖戦の系譜絡みで任天堂の本を選んだのですけど、こんなに学びがあるとは思いませんでした。

そして、岩田さんがすでにお亡くなりになられていることを知り、とても悲しいです。

ファイアーエムブレムをひとしきり遊んだら、必ずMotherシリーズをやります。

必ず。

脳トレは…

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする