結果から離れると結果がついてくるという不思議。

フィリピン留学していたこともあって、あまり本を読まない生活が続いていましたが、少しずつまた本を読み始めました。

今回読んだのは、この本です。

小池龍之介さんの本は結構好きで、余談ですが、座禅をするきっかけを作ってくれたのも小池龍之介さんの本でした。

本の内容は、タイトルの通り、怒りをどうやってコントロールしていくのかについて小池さんがお坊さんとして修業した経験やお坊さんになる前の自分の経験を踏まえながら説明してくれています。この本には怒り以外にも欲望や不安のコントロール方法についても書かれています。

勿論、本が書かれた目的である怒りや欲望のコントロールについても十分に参考になったのですが、それとは別に、集中力について学ぶことがありました。

私、昔から残念なことに「勝負弱い」と感じることが多かったです。試験にしても、スポーツにしても、友達とやるゲームにしても肝心なところでミスするというか、練習通りできませんでした。

この肝心な場面でうまくできないことは、私が学生の時代には「勝負弱い」という言葉で表現されていました。そして、自分はよく考えずに「生まれながら」ある程度勝負弱い人間なんだろうなと思いこみ今に至ります。。

この本を読みながら、1つのキーワードに辿り着きました。それは、「行為に集中する」という言葉。文脈は、日々生活していると色んな雑念が入ってきます。たとえば、今日の晩御飯なにかなぁや、今日のテレビ楽しみとか。こういった雑念は、今やらなければならないこと(仕事など)の効率を下げます。そこでそれを防ぐために、いまおこなっている行為に集中するのがよいとのこと。

このキーワードをみたとき、勝負弱さというのは、雑念に支配されている状態のことなのかと気づきました。たとえば、瞬間的なパフォーマンスを考えると、「その試合に勝ちたい」、「失敗したらどうしよう」という雑念が入ると、必要以上に力が入ったり、体が硬くなって思うようなパフォーマンスができないということありますよね。これがいわゆる勝負弱いということなんだなと。

また、長期的なパフォーマンスで考えてみると、「これ続けていて大丈夫だろうか」とか「結局自分はこの分野では成功できないのではないか」といった雑念が入ることで、続けられなくなることもあります。

この2つの例に共通しているのはなんだろうなと考えると、「結果を気にする」ということなのかなと。よくプロ野球選手やサッカー選手のインタビューで「そろそろ優勝が近づいてきましたが気持ちはどうですか?」という質問に対して、「目の前の1試合、1球に集中するだけです。」と答えていることが多いのは、もしかしたら結果を気にしないように気を配っているのかもしれませんね。

結果を気にしないためにどうすればいいのかを考えてみると、「プロセスが楽しい」または「プロセスをまるで息を吸うかのごとく続けられる」ということではないかと思います。「続けられることは才能」だという言葉あるけど、まさにこういうことではなかろうかと。

良い結果を得られることは、嬉しいことではあるのだけど、得るというのは完成したプラモデルのように一瞬なんだよね。得てしまったらまた新しく得たいものを探すことになり、その状態を繰り返していく。

ということであるのならば、プロセスを楽しめて、結果がついてきて嬉しいということを探すことが大事ということになるよね。結果を得たいから、プロセスがマジ苦しいという状態はいわゆる「向いていない」可能性があると考えた方がよさそうだし、雑念が湧きすぎて結局上手くいかなさそう。

結果を気にしないというのは、なかなか難しいけど、目の前に集中するという言葉で言い換えてあげると、できそうかなと。

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